身近なことから考えて
気付き重視、学内実践

常磐大学長 富田敬子さん

 国連の掲げる持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年に採択されてから10年目を迎える。理念の浸透が進むものの、内容を深く理解している人ばかりではないだろう。そもそも取り組みがなぜ始まったのか、県民は何を心がければいいのか。国連事務局員時代に目標の策定に関わった、常磐大(水戸市)の富田敬子学長は、「新しいことを始めずとも、身の回りの問題とSDGsをつなげて考えるだけでもいい」と語る。

国連時代に関与

 SDGsが採択された15年当時、世界は経済格差の拡大や、「アラブの春」などの政情不安、地球温暖化などの問題に直面していた。00年のミレニアムサミットで採択された途上国向けの「ミレニアム開発目標(MDGs)」は、15年で終了。この後継としてSDGsの議論が沸き上がった。

 富田学長は、国連経済社会局統計部次長として、当時、議論の渦中にいた。「それぞれの国で優先課題、大事と考える事象が違う。国連の議論は話し合いで詰めていくのが基本で、投票は最後の手段。公式・非公式、織りまぜた交渉が続いた」と振り返る。

 2年半の議論の末、193カ国が最後は全会一致で17の目標に合意した。「危機感が募り、人類が安心して暮らし続けていくために待ったなしとの認識が広がっていた」

 SDGsの内容は経済、政治、環境分野でバランスを取ったものとなった。先進国も途上国も同じ目線で課題に臨む目標の設定は、国連では初めてのことだったという。

 日本政府も、ゴール3(すべての人に健康と福祉を)の中に「国民皆保険」の考え方を盛り込むことに貢献。他国にない社会保障の仕組みが評価された。東日本大震災を教訓とした防災意識の向上の必要性も反映された。

 一方で、文化や宗教観を基にした見解の相違、大量生産・大量消費のライフスタイルを是としてきた国の反発、気候の変動要因を巡る意識の差などが原因となり、交渉が難航したゴールも多かった。

学生向けに科目

 常磐大では19年の学長就任後、「トキワ de SDGs」と名付け、全学を挙げてSDGsの推進に取り組んでいる。授業科目や教員の研究テーマをSDGsにひもづけしてもらうだけでなく、課題を見つけて実践する「プロジェクト科目」を学生向けに提供している。

 これまで、ペットボトル削減に向けたマイボトル運動や、衣服のアップサイクル、書物のリサイクルなどが実践された。単に知識を得るだけでなく、体験、体感を通して学生の意識も変化した。「学生が生き生きしている。主体的に動く力を培うことで、社会で生きる力が身に付く」と語る。

ごみの分別など環境に配慮した活動を呼びかけてSDGsへの関心を高める常磐大の学内掲示=同大食堂

 県民に対しては「崇高なことを考えず、身の回りで起きている問題に目を向けてほしい」と呼びかける。例えば、家庭で誰がどのように料理を作っているかを考えるだけで、ジェンダーやフードロスの問題に触れることになる。「身近な問題が世界につながっている」として、〝自分事としての気付き〞の大切さを重視する。

 公共交通機関を利用すれば、二酸化炭素(CO2)の削減につながり、クリーンなまちづくりは住みよいまちに、住みよいまちは地域振興に、と連動していく。エネルギーの技術革新が必要となれば、高等教育の必要性も浮上する。SDGsの理念はどこかで必ずつながっている。

 実際のところSDGsについての取り組みは、国によって温度差がある。日本では企業や経済団体が早くから着目したことで、各界が協調する動きが広まった。「人々の意識変容、行動の変化に大きく作用した」と評価する。

原点に戻って

 採択から9年が経ったが、世界の情勢は必ずしも好転しておらず、未曽有のコロナ禍も発生。ウクライナ侵攻やパレスチナ自治区・ガザ地区の紛争といった、国や地域の争いも収まっていない。温室効果ガスの排出増は続き、野生生物の4分の1以上が絶滅危機にある状況も続いている。

 30年の目標到達年まで残り6年。「もともと目標設定が高すぎる傾向があったとはいえ、期待されたような進捗が見られないゴールが数多くある。SDGs策定時の熱い思いを想起し、原点に立ち戻って取り組んでほしい」。国際的な協調と団結が必要と改めて感じている。